月村了衛の月録

小説家 月村了衛の公式ブログ        連絡先 fidenco@hotmail.co.jp 

大下宇陀児

最近大下宇陀児が一部界隈で話題となっているのは実に欣快の至りである。

思い起こせばこのブログを始めて間もない2010年10月3日、「大下宇陀児邸」と題する文を草した。

最近、大下宇陀児雑司ヶ谷に住んでいたことを新たに知り、またも驚く。何を隠そう、私が三十代の頃住んでいたのも雑司ヶ谷であったからだ。まったく個人的な感慨ではあるが、思わぬ奇縁を感じた次第。

 

戦後の推理文壇で有名な論争については知っていたが、顧みると、現在の自分の考えが大下宇陀児に近いことに気づき、改めて感じ入る。(私はパズラーも大好きであるが)

 

さらに幼年期の記憶を探れば、父は戦後ラジオの人気番組であった『二十の扉』を聴いていたらしく、寝る前にそのゲームをやってくれたことをこの歳になって思い出した。

大下宇陀児がその番組のレギュラーであったことは、はるか後年まで知らなかった。

 

創元推理文庫からこのたび発売された『偽悪病患者』は予約して購入。続く『烙印』も予約済みである。

新装版『無防備都市 禿鷹Ⅱ』文庫解説

先日私が執筆致しました逢坂剛著『無防備都市 禿鷹Ⅱ』の解説が以下のページで読めるようです。

頭突き合戦で確かめ合ったハードボイルド作家、先輩・後輩の絆!? 『無防備都市 禿鷹II』(逢坂 剛) | 書評 - 本の話 (bunshun.jp)

 

作品鑑賞のお供によろしければ是非どうぞ。

週刊誌を激励する

私は現在、「週刊大衆」で『半暮刻』を連載しているが、これまでさまざまな週刊誌で連載させて頂いた経験から、各誌それぞれに特色、個性があることを改めて実感した。

小説の連載という形で関わることがなければ、知らないままとなっていただろう。その意味では、とても貴重な経験をさせて頂いたと感謝している。

 

各エピソードはいずれ稿を改めて書く機会もあるだろうが、ここで強調しておきたいのは「週刊誌の記者は実に実に大変な仕事である」ということだ。

張り込み、尾行、勘の閃き、情報収集のためのあれこれ……まさにハードボイルドな私立探偵さながらの激務で、体力的にも精神的にも、私にはとても務まらないと思う。

 

私は近年、現代史に材を採った作品を手掛けることが多いが、その過程で、週刊誌が果たした功績――具体的には事件の端緒をつかんだ大スクープ、丹念な取材による真相の追究など、まさに歴史を作ってきたと言っても過言ではない役割を果たしてきたことを改めて学んだ。

それこそ「知らなかった!」という驚きの連続だったのである。

 

そして現在。世界は大きな事件にかつてないほど揺れている。

テレビ・新聞等のメディアの中には、ジャーナリズムにあるまじき日和見、事なかれ主義に閉じこもっている社も見受けられる。それはメディアとしての自死である。ただの自死ではない。社会を巻き込んだ無理心中に等しい罪だ。

メディアが報じるべき事を自らの意志で報じない。かつては想像もできなかった事態である。

なんと恐ろしいことか。

そんな状況であるからこそ、週刊誌の活躍に強く期待し、エールを贈っておきたい。

猛暑とコロナが蔓延る中、本当にご苦労様です。

 

スクープ記事だけではない。

エロ記事にもヤクザ記事にも、厳然として需要がある。それを切実に必要としている人々が存在する。そして社会を本当に支えているのは、実はそうした人達であったりもするのだ。

私もそうした人達について忘れることなく、執筆に取り組んでいきたいと思う。

 

各誌編集部の皆様、これからもどうか頑張って下さい。

飛び立った鷲への祈り

ミステリマガジン九月号にジャック・ヒギンズ追悼文を寄稿しました。

 

その文中にとんでもないミスがあり、見本誌を読んでいて椅子から飛び上がってしまいました。

「イギリスはNATOから離脱し」とあるのは言うまでもなく「EUから離脱」の間違いです。

追悼文の中でこのようなミスをしてしまうとは、故人に対し弁明のしようもありません。

すべては私の責任ですので、故人と読者に対し、心よりお詫び申し上げます。

無防備都市 禿鷹Ⅱ

文春文庫8月3日発売の『無防備都市 禿鷹Ⅱ』の解説を書きました。

言わずと知れた逢坂剛さんの禿鷹シリーズ2作目で、文庫新装版となります。

 

ハードボイルド派の大先輩の作品であり、前回の文庫化時、碩学の諸氏によって解説され尽くしておりますので、今さら私如きが、と思ったのですが、今回は「後輩作家によるエッセイ」というコンセプトであるとのことでお引き受けしました。

(『地底の魔術王』とほぼ同じパターン)

 

『地底の魔術王』解説は、乱歩がすでに歴史上の人物になっていることもあって、まあやりたい放題にやったわけですが、その結果(かどうか知りませんが)読まれているんだかいないんだかサッパリ分からないまま今日に至っております。

 

というわけで今回は無謀にも『無防備都市』解説に挑んだわけですが、言うまでもなく逢坂さんは現在も第一線で活躍しておられる現役であり、書き終えてから「これは逢坂さんから大目玉を食らうのでは……」と震えていたのですが、幸い逢坂さんには気に入って頂けたようでほっと胸を撫で下ろした次第です。

それどころか、丁寧な直筆のお礼状まで頂いてしまいました。自家製の絵はがきで、印刷されている写真は、イカすガンマンスタイルの逢坂剛ポートレート

我が家の家宝がまた一つ増えました。

現実の進行速度 『香港警察東京分室』

『香港警察東京分室』第三回ゲラのチェック終わり、先ほど編集部に返送したところです。

(第一回は現在発売中の「STORY BOX」六月号に掲載されています)

 

これまで私は作家として、現実との追いつ追われつのデッドヒートを繰り返して参りましたが、ここまでくるともう現実に対して「キミはなかなか早いねェ」などと軽口の一つも飛ばしてやりたくなります。

と申しますのも、今年の4月1日に警視庁組織犯罪対策部で大きな組織改変があり、課の名称が一変したのです。

執筆段階で追い抜いてくれたので、第一回は余裕で修正することができました。

 

『香港警察東京分室』第二回掲載の「STORY BOX」七月号は6月20日発売です。

追悼

昨年末くらいから私にとって思い入れの深い、御恩のある多くの方々が亡くなっている。

そのつど追悼文を書こうと思うのだが、ショックが大きすぎて手を付けられずにいるうちに、また別の方が亡くなるという繰り返しで、とうとう何も書けずに今日に至ってしまった。

 

とりわけジャック・ヒギンズの逝去による喪失感は大きかったが、「ミステリマガジン」から追悼文の依頼があったのでそちらに書くことにした。

個人的なことだが、拙著『脱北航路』の題名は、もちろんヒギンズの『脱出航路』に由来する。

『脱北航路』発売の数日前にヒギンズが逝くとは、こういう形で〈現実に追い抜かれる〉とは想像もしていなかった。

 

昨年秋に亡くなられたミステリ研究家の松坂健さんには、『狼眼殺手』執筆前にお世話になった。

ホテル・旅行業界とも縁の深かった松坂さんが、帝国ホテルの偉い人で当時関連会社の会長だった藤島滋郎さんを紹介して下さったのである。藤島さんへの取材の成果が、『狼眼殺手』クライマックスの死闘に活かされている。

その藤島さんも数年前に亡くなっておられ、痛恨の念が増すばかりである。あのときお世話になった方々には改めて御礼を申し上げたい――そう思うばかりで実行に移すことのなかった己を責める。

 

またプライベートでもお世話になった方が昨年末に亡くなった。この人の業績についてはいずれ稿を改めて書く。

 

皆様、安らかにお眠り下さい。