月村了衛の月録

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新刊は深淵より

□『腐魚の海』、いよいよ明日月曜発売です。(一部書店ではすでに並んでいるようですが)

第二期の掉尾を飾る本作、直球のエンタテインメント作品ですのでどうかお楽しみに。

 

□誤解なきよう記しますが、今後私はエンタテインメント作品を書かないわけではなく、非エンタメ作品と並行して書き続ける所存です。そもそも「機龍警察」シリーズを書き続けていくわけですし。

ただ時期的に、第二期の『腐魚の海』と『普通の底』に始まる第三期の刊行が前後した(一部重なった)というだけです。

 

□『普通の底』も『テロル』も(我が国特有の区分けに従えば)非エンタテインメント作品として執筆しました。

ならば面白くないのかと問われると、そうではないと考えています。そこには読者層の違いがあるだけで、簡単に言うと「その人がどういう面白さを求めているか、何をentertainと考えているか」によるということです。

実際、エンタテインメント作品であっても、「『機龍警察』は受け付けないが『おぼろ迷宮』や『追想の探偵』は好き」という読者は少なくない。これは厳然たる事実であって、その証拠に、双方の支持層は明らかに違っているにもかかわらず、部数にさほどの差はないのです。一方だけが売れているということはありません。

(もちろん「両方好き」という方もいらっしゃって、作者としては有り難い限りです)

そしてこれまで何度も書きました通り、私はどちらの層にも迎合することなく、自らの表現を極めていくつもりです。

 

□以下、身の程知らずな文学論を記そうと思いましたが、長くなりそうなのでまたの機会に。

今の私は、急いで『お眠さん』シリーズ単行本のゲラチェックに戻らねばなりません。

この作品もシリーズ化の予定はまったくなかったのですが、編集部の要請により連作化。気がついてみると〈推理文壇戦後史〉の様相を呈しており……

かくしてまた新たな鉱脈の発見に至ったという次第。

 

 

 

 

第二部

□これまで何度も発言してきましたが、『機龍警察』は当初はシリーズ化の予定などありませんでした。作中のメインエピソードは完結しておりますので、そこで終わってもやむなしというスタンスでした。しかし長年温めてきた世界観であり、「続編が書けたらいいな」くらいのことは考えていて、そのための伏線をいろいろと仕込んでおいたのも事実です。もっと正確に言うと、伏線というよりは、「自ずと露出した世界観の片鱗があちこちに窺える」といった方が適切でしょうか。

 

□これも以前に書いたような気がしますが、世の中には「シリーズ化を狙っているだろう」とか「メディア化を狙っているだろう」とか言いたがる人が多いようです。

何度でも言いますが、そんなことを考えて書けるほど小説は甘いものではありません。むしろ、そうした邪念が完成度を下げることはあっても、作品に資することは一切ありません。

書き終えた後で、苦労をともにした関係者と「続編もやれるといいね」なんて笑い合うことはありますが、そうした作品に限って、予想だにせぬ理由からシリーズ化できない場合が殆どです。

 

□おかげさまで『機龍警察』は全関係者の予期に反してシリーズ化され、無事第一部を終えることができました。この場にて皆様に感謝申し上げます。

一作目のあれがここにつながるのか、まさかあれが伏線だったのかと、遠大な伏線(世界観)回収に驚いて頂けますと望外の幸せです。

同時に、一作目にはまだまだ未回収の伏線が(そうと気づかれぬように)埋設されています。

それらは、今後執筆される第二部において必ず回収されるでしょう。

 

□第二部についてはすでに構想を巡らせており、作者も発表できる日を楽しみにしております。

と言うより、構想は最初からあって、ディティールの検証やプロットの錬成にかかっていると申した方が近いでしょう。

 

□当初は『機龍警察』の舞台について「至近未来」という言葉を自分で考え、各種コピーに使用してもらってきたのですが、それは機甲兵装なる架空の装備が出てくるのに現代と自称することへの遠慮があったためです。

しかし『暗黒市場』の頃でしたでしょうか、そんな遠慮をする必要はないことに気づき、舞台は「現代」であると堂々と言えるようになりました。

何を言いたいかと申しますと、『機龍警察』の構想は、〈敵〉の設定を含め、当初からまったく変わっていないということです。

ただ時代の方が勝手に追いついてきて、本作のリアリティを補強してくれているにすぎません。

世の中には〈敵〉を「悪の秘密結社」のイメージで捉えたがり、勝手に失望している人もいるようですが、私の関知するところではありません。

私は当初から「現代を描く」と宣言しており、その信念に一切の揺らぎはありません。

『白骨街道』連載中にミャンマーでクーデターが突発した際も、(事件への言及を除いて)当初のプロットを一切変えることなく脱稿したのは当時発言した通りです。

 

□作中時間について改めて記しますと、龍機兵の汎用化まで残り五年(『狼眼殺手』で三年に短縮)、姿俊之の契約満了まで残り一年(『漆黒社会』で再契約)で出発したのは、綿密な計算あってのことです。

ですので、『自爆条項』は晩秋、『暗黒市場』は年末から年明け、『未亡旅団』は五月の連休、『狼眼殺手』は梅雨時、『白骨街道』は真夏、そして『漆黒社会』は再び秋と、ちょうど一年になっているわけです。

残された時間の中で、特捜部の面々はさらに過酷な試練に晒されることとなるでしょう。

 

□機龍警察第二部、どうか楽しみにお待ち頂けますと僥倖です。

 

 

 

 

 

 

 

 

山と渓谷 八月号

現在発売中の「山と渓谷」八月号に、昨年湊かなえさんと岩木山・八甲田山に行ったときの記事が掲載されております。

執筆は湊さんなので、値千金と申せましょう。

(以前告知しました際、私が掲載号を勘違いしておりまして申し訳ありません。今度こそ本当です)

 

自分という作家の在り方について

先月七日のブログでも記した通り、私は

「エンタメと称される作品」も「そうでない作品」も書く。

また、

「共感を必要とする作品」も「そうでない作品」も書く。

さらには、

「悲劇」も「喜劇」も書く。

誰かに強制されたわけではない。書きたいから書いているのだ。この自由さこそが小説という媒体の魅力の一つであるとも思う。

言うまでもないが、それらの作品の間に貴賤はない。さらには、強いてなんらかの枠組みにカテゴライズする必然性すら消滅しつつあることも先日記した通りである。

いずれも私の作品であり、全力で取り組む覚悟に変わりはないし、実際にそうやって書いてきた。故に私はかつて手がけた全ての作品に対して変わらぬ誇りを抱いている。

代表作はと問われると、躊躇なく「全作」と答える。

読む人によって個々の感想は異なるだろうし、それが当たり前であるとも言えよう。いずれにしても、作者である私には関係ない。作家が読者に迎合するのは決してあってはならないことだからだ。

ただし、どの作品であっても作者が「私」であることは共通している。故に、根底に在る〈最も重要なもの〉もまた共通しているはずだ。

それを読み取って頂けると嬉しいし、逆に言うと、ジャンルに関係なく、根底に在るものを読み取ることこそが、表層的ではない、本質的な作品理解に不可欠であろう。実際に読み取ってくれている読者の存在は、私にとって大きな励みとなっている。

そうした読者の方々に対し、この場より心からの御礼を申し上げたい。