[唐突な報告]
一週間以上にわたって緊急入院を余儀なくされていた私であったが、本日無事退院を果たした。
それはいいとして。
なにしろ緊急入院なので、用意は何もしていなかった。
ただ悪い予感がしたので、刊行時に買ったまま積んであった米澤穂信さんの『満願』だけを持っていった。
仕事の資料は常に持ち歩いてるが、万一入院となった際、
さすがに病室で資料を読む気にはならない。
一体何年積んでいるんだ、と仰る向きもあろうかと思うが、二十年、三十年積んでいる本などザラである(ワインの話ではない)。
この数年、ひたすら仕事の資料を読むことに追われ、趣味の本を読む時間がまったく取れないのが悩みの種でもあったのだ。
その意味で、柴田勝家公の提唱された「量子積ん読理論」はまさに天才の発想であると大いに感嘆したものである。
ともあれ、入院のための書類に細々と必要事項を記入する。職業欄には『小説家』と記したが、個人情報の問題から筆名は記さない。
ようやく病室に入り、テーブルの上に『満願』を置いてベッドに身を横たえていると、男性看護師がやってきて、『満願』を手にとって暫し表紙を眺めてから言った。
「これがお書きになった本ですか」
「違います」
私は即答した。
「こんなとこで自分の書いた本を読む人はいないでしょう」
「そりゃそうですよね」
と看護師は本を置いて去った。
今私は少なからず後悔している。
あのとき私はこう答えるべきであったのだ。
「いやあ、バレちゃいましたかハハハハハハ」