月村了衛の月録

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作家と現実

数年前の私は、インタビューなどでよく「現実に肩を叩かれる」というフレーズを使いました。

それは、本を書き上げ刊行した直後に、その内容を現実化したような事態が頻繁に起こっていたからです。

(『未亡旅団』直後の「黒い未亡人」然り、『狼眼殺手』直後の量子コンピューター然り、読者の皆様には改めて例を挙げるまでもないでしょう)

しかし、かなり以前から私はそんなフレーズを使っていません。

なぜなら、現実はとっくに私を追い越しているからです。

我々の日常がこのようなものに変容しようとは一体誰が予想し得たでしょうか。

(それは、新型コロナウィルスだけのことではありません。国際情勢と政治全般、テクノロジーの進化、そういったものすべてを含みます)

こういうとき、作家は前を見ます。

ひたすらに前を見て書き続けます。

また己自身をも常に見つめていなければ、良い作品など書けるはずもありません。

 

考えてみれば、私が常に追い求めてきたのは「文学と現実、そして人間との関係」でありました。その意味では、私の姿勢は最初から一貫しています。

〈アクション〉も〈愛憎〉も、人と人との間の関係性であることに違いはないのです。

(そのことを表現するには様々な技巧が必要となりますが、その話はここでは措きます)

私はこれまで通り書き続けます。

読者に寄り添うことと、読者に迎合することは本質的に異なります。

私の読者は、そのことを理解してくれているものと信じます。

 

(一つだけ、読者もご存じないであろう事実を記しておくと、機龍警察シリーズ最新作『白骨街道』のタイトルと内容は、『狼眼殺手』刊行直後には決まっていました。上記の内容と矛盾するようですが、昨今の世相を評して〈白骨街道〉というフレーズが連呼されるようになろうとは想像もしておりませんでした。

また、実はその次のタイトルもすでに決まっています。

昔、007の映画を観に行くと、エンドクレジットで「次回は『死ぬのは奴らだ』でお会いしましょう」といった字幕が流れてきて、観客は期待に胸を躍らせたものでした。

そのひそみにならって……と言いたいところですが、

それは当時の映画事情も関係していて、二年くらいで必ず最新作がリリースされるという状況が大前提としてあってのことなのです。

今の時代、作家が次に新作を発表できる保証はどこにもないのです)