月村了衛の月録

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一期一会 山田風太郎先生の思い出(四)

(承前)
かくしてインタビューは始まった。
先生のお話はとても明確で分かりやすく、大変に興味深いものばかりであった。

実は私には、インタビューに臨んで心に期する処が一つあった。
それは、かの<十兵衛三部作>についてである。
数ある忍法帖の中でも最高傑作と言える『柳生忍法帖』『魔界転生』。
いずれも柳生十兵衛が主役となっている。
(同じヒーローが再度登場して主役を務めるのは、実は忍法帖では極めて珍しいパターンである)。
当時はまだこの二作しか書かれておらず、読者は三部作完結編を心底待ち望んでいた。
魔界転生』のラスト、宮本武蔵との対決に勝利して一人水平線の彼方に消えた柳生十兵衛
大衆文学史における壮大な本歌取りでもある最大級の名ラストシーンは、我々の胸に今も鮮明である。
果たして完結編はもう書かれることはないのであろうか。
私は(勝手に)全読者を代表する覚悟で、それだけは先生にお聞きせねばと思っていた。それが先生に直接お話を伺う機会を得た者の責任であると考えた。

そして私は、話の流れを見て先生に以上の問いをぶつけてみた。
すると先生は不思議そうに首をかしげて、
「それね、よく訊かれるんだけど、三部作だなんて言った覚えがなくて」
「あの、『別冊新評 山田風太郎の世界』で完結編を書くと仰っておられるのですが……」
「えっ、あそこでそんなことしゃべってた?」
「はい、確かに」
「そうかあ、あそこで言ってたのかあ……」
長年の疑問が晴れたという感じで先生はしきりに、そうかあ、と仰っておられる。
私はここぞとばかり、完結編の執筆を強く強くお願いしたのであった。
また忘れられてはかなわないので、念入りに駄目押しもした。


この八年後、三部作完結編『柳生十兵衛死す』が発表される。
それにはこの時の駄目押しが多少なりとも預かっていたものと
私は勝手に、個人的に、根拠なく、独善的に思っている。
(続く)